あたり前のことをさも偉大な自分の見解として話している「細木数子」が大嫌いです。

 タイトルの通りです。

私は、あたり前のことをさも偉大な自分の見解として話している細木数子が大嫌いです。

 前々から書こうと思っていましたが、炎上覚悟で書きなぐってみたいと思います。

 最近はテレビへの出演も多く、「視聴率の女王」とまで呼ばれるようになっている。たしかに彼女の出るテレビ番組は視聴率がいい。視聴者が彼女に何を求めて見ているのかは定かではないが、彼女が看板を張る番組はとにかく視聴率がいいらしい。
 そして視聴率が上がれば上がるほど、テレビ局としては手放したくない存在となる。それがメディア界の悪いところでもあるわけだが、視聴率主義とは困った世界である。

 最初は彼女もそんなつもりではなかったのであろう。視聴率という数値とスポンサーというものが密接に関わってくることによって、彼女はお金を生む存在となる。そしてそれを手放したくないから過保護といわんばかりの手厚い報酬と扱い。
 そうなると、もう「細木数子」という人物が、単なる六星占術師ではなくなる。「細木数子」という人間が一人歩きを始める。こうなってくると視聴者にとって、いやテレビ局の人間にだって、彼女の存在や意見の何が大切なものなのか、そしてどの言葉が彼女のアイデンティティーから生まれ、発せられてくるものかわからなくなるのである。

私は、あたり前のことをさも偉大な自分の見解として話している細木数子が大嫌いです。

 彼女から発せられる言葉がすべてそうであるとは限らないが、「彼女の言っていること」は「あたり前だよ」と思わず言ってしまうような言葉が多々ある。ある事象に対して、言っていることは正論であるかもしれないが、そんな言葉は何十年も前にだれでも考えたことだよ、と思わざるを得ない。正論というとちょっと語弊があるかもしれないが、ちょっと考えれば誰だったその意見にたどり着く論理であり、またそれは社会通念やイデオロギーとして教科書に載っていてもおかしくないことを、さも自分しかたどり着けなかった論理であると言わんばかりにまくしたてる。
 間違った論理ばかりでないかもしれないが、それを堂々と言える立場ではないと思われる。世の中にはその分野に精通している評論家や専門家が多く存在するわけで、その人たちが時には危険を省みず得た情報を元にして発言している場合だってある。
 そんなおのおのの世界に対して安易に発言をする。だからたくさんの問題や批判を受ける。

 たとえばこんな話。

「花粉症患者は心が悪い」という問題発言から反発を招いた。放送倫理・番組向上機構(BPO)の2004年11月中にBPOの視聴者応対窓口で受け付けた苦情は細木の発言についての苦情が多かったという。

 安易すぎる。

 もっと一つ一つを真剣に考えてから発言してほしい、と私は思う。

 ただ、これだけいろんな問題を引き起こしてもなお、メディアというものにしがみついていられる彼女の度胸だけは誉めておこう。


参考URL
 細木数子 - Wikipedia