「ブログ」はネット空間のリアル世界でもある。

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Yahoo!ニュースで注目すべき、以下のような記事を見つけた。

『なぜ起こる? 「炎上」の力学』

元記事はこちら↓
ITmedia アンカーデスク:なぜ起こる? 「炎上」の力学


「炎上」というのは、この記事によれば、

ネットの世界での炎上とは、主にブログやSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の日記に批判的なコメントが殺到する状況を指します。

とある。


この記事を読んでもらったらわかると思いますが、

もっともである。。。

私は、
この記事を読むまで、「炎上」や「燃料投下」という言葉が大衆化していることを知らなかった。。。(^^;)

私はインターネットが普及しはじめよりちょっと前からインターネットを利用しているが、
だれかの一つの意見に対し、批判や罵倒などがくることは重々承知している、
つもりである。

だから、このブログでもそのことについてのネチケット?はわきまえているつもりである。

このブログを見てくださっている方ならわかると思うが、
内容が多岐にわたっている。

言い換えると、「広く、浅く」。
そして、とりとめがなく、収拾のつかないブログ、とでも言おうか。。。


だが私はそれで満足している。

よく、SEOやアクセスアップの本などを読むと、
まずは「テーマを決めよう!」と来る。


このブログにテーマはない!


テーマがあるとすれば、それは、

「日々、感じたままの自分(己)や、考えたこと、考えていること、
 それをただ綴っているだけ」

である。


決して「押しつけ」はしていないつもりだ。


右カラムの「逆アクセスランキング」を見てわかるように、
圧倒的にGoogleからの検索で来ている人が多い。

現在、リピーター率は30%程度である。
(このブログのGoogle Analytics解析結果より)


これは、私が無作為にジャンルを作成し、エントリーを書く。

それに応じるように、それぞれのエントリーの内容を必要としている人が、
そのエントリーの数だけいる、ということだ。


もしかすると、このブログのある記事を読んで参考にはなったが、
他の記事を読もうともせずに立ち去った人も無数にいるだろう。




ここで、
ブログやSNSにものを書くのは、

「主観」の何者でもない。

と私は考えている。


そのシステムの形態がオープンなシステムであれ、クローズドなシステムであれ、
やはり書くことは主観から生まれるであろう。


ここでなぜ「炎上」などが生まれるのか?

それは主観の意見に対して、主観でとらえるからだと思う。


つまりはアイデンティティー対アイデンティティーとなるからである。

アイデンティティーとは、その人でしかあり得ない、
その人にしか持ちうることのできない、唯一無二の思考の柱である。


そんなものがぶつかりあり合うのだから、
いつ火種がついてもおかしくないのは明白である。

それはネット空間だけではないことは、もうお気づきであろう。


私はリアル世界でも同様だが、
議論という場では、喧嘩上等だと思っている。
(殴り合いのケンカは勘弁願いたいが。。。)


ネット空間で、ある事柄が炎上し、
その投稿者がへたってしまったら、
閉鎖したり、削除したり。。。
はたまたクローズドなシステムへと自分を送り込んでしまう。

それをリアル世界に置き換えると、
自殺、精神障害などに至ってしまう場合もあるだろう。

ここで上記のコメントに対して自分を弁護するわけではないが、
私は、現在も「パニック障害」「鬱病」「自律神経失調症」という病気を患っており、
精神状態の「どん底」を知っているつもりである。
自傷行為の寸前だった時期もある。

そのときは、間違いなく自分をクローズドな世界に送り込んでしまうんではないかと思ったほどである。
よくそちらの世界へ行かなかったなと、今では思い返すことができる。

ネットでは、つながりを断ち切るのは簡単である。
情報を消してしまえば言い訳だ。

しかし、その情報をすでに記憶してしまった人からは、消すことはできない。
また、その情報に対して感じた感情を変えてしまうこともできない。


情報は、
多かれ少なかれ、キーボードや携帯のテンキーによって入力され、
ネットワークという空間に一個人の意志として放たれる。

そして、ネットワークは世界へと通ずる。


だれもがそれを読む権利がある。

そして、それに対して、なにかしらの感情を抱く権利もある。

最後の締めくくりとしては、非常安直な言葉になってしまうが、

「無責任に情報を放つべきではない」

ということだ。