特殊「釣った魚には餌をやらない」理論

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巷では、「釣った魚には餌をやらない」という言葉が横行している。

簡単に言うと、

結婚するまでは、必死にアタックを繰り返し、
ようやく結婚までたどり着いたはいいが、
結婚したが最後、妻に対して、

「ほったらかし」
「見向きもしない」
「優しさがなくなる」
等々。。。


これは、その言葉の通り、

「必死にアタックして手にした女性だが、
 結婚したという事実を手に入れた途端に、
 それ以降、妻は自分にとってどうでも良くなってしまう」

という理論である。


しかし!
私はこれに反する新しい理論を提唱しよう。


それは、

特殊「釣った魚には餌をやらない」理論

(タイトルはアインシュタインの「特殊相対性理論」をもじりたかっただけです(^^;))


で、これはどういう理論かというと、

単刀直入にいうと、
「釣った後でも餌を与え続ける」
と言うことです。

「餌」というと言葉は悪いが、
「自分が大事」という目線と同様のものを、
いやそれ以上のものを、妻にも向けるべきである。

誰だって自分がかわいいでしょう。


しかし、あなたは何のためにその女性と結婚したいと想ったのですか?


綺麗だからですか?

お金持ちだからですか?

優しいからですか?

かわいいからですか?

さまざまな理由があるでしょう。
人によって、その理由のウェイトも大小があるでしょう。


結婚してから、
それまでその女性に感じていた想いはどこへ行くのですか?

なくなっていくものなのでしょうか?


結婚したということで、そこで自己完結していないだろうか?




ここで一言言いたい!




『結婚は「大人のステイタス」ではない!!』




かつて私もそんな風に考えていた時期もあったことは否めません。

それは年齢が高くなっていけばいくほど、そう思うようになるでしょう。


「結婚していないと、認められない」など。。。

確かに周りからはそのような目線が突き刺さってくるのも確かです。
私も結婚したのが30過ぎてからですから、
親、親戚、職場での目に見えないプレッシャーを感じていました。






ですが、私は「パニック障害」という病気をし、

自分というものを考え、
他人というものを考え、
自分を思いやる大切さ、
他人を思いやる大切さ

それらを知りました。

これを書いている時点では、
まだ結婚して半年足らずです。

「何を若造が言ってるんだ!?」

と夫婦としての先輩方には叱咤されるかもしれません。


ですがこの理論は、
「結婚してからの想いがどうなのか?」ということではなく、
「結婚するまで、結婚、結婚してから」という、
一連の大きな流れとして考えるべきではないかと思うのです。


「結婚は人生のターニングポイント」と言われますが、
それも確かにあります。

それは人生の大きな変化であるからです。


しかし結婚というものを特化して考えると、
私はターニングポイントというより、
単なる通過点だと考えています。


人生、時代、などの生命の大きな流れの中の、
一つの通過点であると考えます。


だから、そこから妻という人と一緒に生活することになっても、
単なる通過点であり、
自分への思いやり、他人への思いやり、
「妻への想い」に変化は生じないと思うのです。


もっと言えば、
「ふたりで生きていく」という通過点を起点として、
より多くの相互の想い合いが生まれてくるのではないかと思います。

そして、より多くの幸せが生まれてくれば、
もっとより多くの想いを、というフィードバックが生まれます。


そういう大きな流れとして考えて、生きていきたいと思っています。

以上、特殊「釣った魚には餌をやらない」理論でした。。。。


う~ん、、、なんかまとまってないな~。。。。