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『優しさ』って何なんでしょう?
僕はときどきそんなことを考えます。
それは、生まれもってのものなんでしょうか? それとも育ってきた環境で育まれていくものなんでしょうか?
某国語辞典では、
形容詞とあります。
[一]
(1)穏やかで好ましい。おとなしくて好感がもてる。
(2)思いやりがあって親切だ。心が温かい。
(3)上品で美しい。優美だ。
[二]
(1)身もやせるような思いでつらい。他人や世間に対してひけ目を感ずる。恥ずかしい。
(2)心づかいをして控えめである。つつましやかである。
(3)(節度をもって振る舞うさまが)殊勝である。けなげである。
僕はこの国語辞典で説明では、語り尽くせないものがあると思います。
・「思いやりがある」
・「心づかい」
↑
これは意識的に出てくるものです。
かといって、無意識に出てくるものが「優しさ」である、という訳でもない、とも思います。
「思いやり」や「心づかい」は、その人自身に生活全般や精神的に余裕がないと
できるものでもありません。
「優しい」という言葉は、日本語の中でも、とても特異で、uniqueな形容詞です。
しかしその反面、uniqueであるが故に、とてつもなく取り扱いが難しい言葉であり、不鮮明な形容詞でもあると思います。
前置きが長かったですが、何が言いたいのかと言うと、この「優しい」という形容詞をつけることができうる、行動、ヒト、感情は、世界にどれだけあるのでしょうか?
逆に言うと、「優しい」という言葉がふさわしいと思われるものはすでに、その意味を超越しているものではないかと思うのです。
ということは、「優しい」という言葉は、かなり中途半端な形容ということになります。
それを超越している存在は、形容することすらできないものであり、形容することそのものがおこがましい、ぐらいのものではないでしょうか?
自分がその形容にふさわしい人間に成長すること。また、そのような存在としてあり続けられる相手とめぐり逢えることこそが、
「幸せ」ということなんじゃないかと、僕は思います。
今日は、ちょっと語ってしまいました。。。。。(^^;)
自分で書いてて意味不明です。
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