押井守が「スカイ・クロラ」で伝えたかったこと?

先日、押井守監督映画作品「スカイ・クロラ」の宣伝的な番組がやっておりました。番組がやっていることを途中から気がついたので全部は見ていないのですが、番組の最後の方に押井守本人がインタビューに答えておりますので、その全文を紹介したいと思います。

インタビュアーは、なぜか”キャイーン”(笑)。なので、途中でつまらないウドのボケや、的はずれな天野の質問とかがありますので、その部分は割愛させていただきます(^^;)

(キャイーン天野)
(今の若者に対して、ちょっと言いたいことがあるんだということで、いったいどんなメッセージを押井監督が伝えたかったのか?という)

(押井監督)
大人ってなんだと思います?

-- 中略:ウドのつまらないボケ --

大人って何だって思う?ってなった時にみんな一瞬考えるわけですよね。大人とは何だと考えなければいけないという状況が今の時代なんですよね。若くてもそれなりにいろんなことをエンジョイできるしね。別に無理して大人にならなくてもいろんな責任を背負い込まなくても何となるんですよ。
一番違うのはね、誰か違う、自分以外の何かにね、たとえば好きな人とか、自分以外の誰かの命っていうか人生っていうか、それを自分が一緒に背負えるかっていう。誰かと一緒に暮らすっていうことは、生きる目的でもあるわけだよね。
それはなぜかこう避けようとするっていうかね。明日死ぬかもしれなくても、女の子を好きになることもあるわけだし。
その時に初めて自分が本当に生きているかどうか問われるわけでね。

(この作品にはそういった想いが込められてるというか)

だからどっか架空の世界の誇張して描かれた登場人物の物語としてね、それを見ることで何となく、もしかしたらこれって自分のことかもしれないと。

(結局は現代に思えましたけどね)

-- 中略 --

ただね、自分が見た映画っていうのはね、ある種の縁を感じてほしいって言うか、たまたま見たんだけれども、その映画がもし忘れられない映画になったとしたら、見るべくして見たんだっていうさ、そういう映画を大事にしてほしいっていうことですね。

---- 以上、インタビュー ----

以下、私の感想です。

私は原作の小説「スカイ・クロラ」を呼んでいないですが、押井監督はこの原作作品からこのようなメッセージ性を解釈し、そしてそれを自分なりの方法や表現手段で視聴者に伝えたかったのがこの作品ではないかと。

小説や映画などは、いわゆる娯楽作品の部類に入ります。しかし、まだまだ人生の押し返し地点にも達していない若輩者の私にとっては、いろいろこれからの人生にとっての大切なメッセージを受け取ることのできる作品が多くあります。
その中の一つに、この「スカイ・クロラ」があることは間違いないと思います。

「自分以外の人生を一緒に背負えるかどうか。」

これは私にとって、とても大きなメッセージだったように思えます。

たとえば結婚というものは、妻の人生を一緒に背負って生きていくわけです。そこに生きる価値があるというのは、とても大きな意味があるのではないかと。

「結婚=大人」という簡単な図式にはならないと思いますが、他人の人生を背負う責任が生じていることは確かです。それは自分にとって大きな重みであり、そして生き甲斐であり、喜びでもあると思います。

すばらしい映画をありがとう。


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